ジョサイア・コンドル氏

マイホームの窓口祇園店 溝渕です。

 

今回は建築家のご紹介をしたいと思います。

 

前回の記事「階段の踊り場」で少し触れた「ジョサイア・コンドル」氏です。

 

鹿鳴館のお話だけですと、あまり良い印象が残らない気がしましたので…

簡単ではありますが、ご紹介したいと思います。

 

実はこの方は日本の建築において、なくてはならない方でした。

 

元はイギリスの建築家でいらっしゃいましたが、今の東京大学工学部に建築学教授として来日され、明治政府関連の建築物に関わっていたり、財界関係者の邸宅を設計したりと活動しながら、日本建築界の基礎を作った人と言われています。

 

勿論、民間の建物にも関わっていましたし、日本の文化に対しても造詣が深く、日本舞踊や華道、落語の知識もあり、奥様も日本人でした。

 

今でも東大キャンパスの中には彼の銅像があるそうです。

 

鹿鳴館は様々な要素を入れ込んだ事によって、当時の外国人から「奇妙な建築」と言われてしまい、評判は良くなかったのですが、その後「三菱一号館」や「旧岩崎邸」などの実績で評価を上げていきます。

 

実は日本画家の「河鍋暁斎」に弟子入りして、日本画も描いています。

その後、暁斎から「暁英」という号を授かるほどに上達しています。

 

暁斎の絵日記の中にジョサイア・コンドル氏が登場しているのですが、正座ができず、腹這いで絵を描く様が描写されています。

 

しかし、日本人建築家の辰野金吾氏が留学から帰ってきた事で、東京大学工学部の教授を退官され、辰野金吾氏が教授となりました。

ちなみに辰野金吾氏はジョサイア・コンドル氏の弟子に当たります。

 

その後も沢山の建築物を建て、前述した「三菱一号館」で勲三等瑞宝章を授与されました。

 

67歳で亡くなるのですが、11日前に亡くなった奥様とともに、護国寺に埋葬されたという事です。

 

簡単ですが、ジョサイア・コンドル氏のご紹介でした。

 

日本の建築が西洋のテイストを盛り込んで、多種多様な建築物を建てられる様になったのも、ジョサイア・コンドル氏のおかげと言っても過言ではありません。

 

ジョサイア・コンドル氏は日本で初めて、西洋と東洋の要素を盛り込んで建築物を造った訳ですが、今では当たり前です。

 

「和モダン」などに代表される様に、西洋の雰囲気を和室に取り入れたり、逆に和の雰囲気をLDK廻りに取り入れたり、好きなデザインを選んでもらえる様になりました。

 

逆にデザインが多すぎる事で、選びにくい…どんなデザインがあるか分からない…というご意見も耳にします。

 

マイホームの窓口では、デザインに関してもしっかりお話を伺えますので、どんなデザインがお好きか、またそのデザインであれば、どの建築会社が得意かなどもお話しできます。

 

少しでも参考になれば幸いです。

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